Archives for : プロジェクト管理

補足:コミュニティ・タイプの知識継承

ITプロジェクトに於ける知識継承」では、一般的な開発モデル(Waterfall型)を使って知識継承について述べました。前工程から後工程に向けたミッション・タイプの知識継承について述べています。しかし、実際にはそれだけでなく、コミュニティ・タイプの知識継承があることを補足しておくべきでした。経済学者フリードリッヒ・ハイエクが言っているように、重要な情報は「当事者」が分散的にもっています。ハイエクは経済システムを動かしているのは包括的な知識とか統計的に集計された大きな知識ではなく社会の様々な場面に従事している個々人がそれぞれに不完全なままに矛盾するものとして分散的にもっている知識であると述べています(「ボランタリー経済の誕生:実業の日本社」より引用)。このことは経済に限らず、ソフトウェア開発においても当てはまることです。

Waterfall型ソフトウェア開発では、前工程でまとめ上げた要求仕様や構成仕様を、詳細設計以降を担当する技術者へ、一方向に知識継承することを要求しています。現実のソフトウェア開発では、知識継承はそれほど単純ではありません。顧客の要求を熟知し、また、後工程を担当する技術者がもつプログラミング言語の制約条件や開発ツールの特性知識も必要となります。ソフトウェアの構造を設計するために、一人の技術者がすべてを知り尽くしていることは稀です。誰が何を知っているかさえ分らないこともあります。そこで必要となるのは目的を達成するために、顧客、営業、コンサルタント、SE、プログラマ、品質管理、etc.の異なる領域のメンバが集まって知識を出し合う“場”です。コミュニティと呼ぶのが相応しいでしょう。コミュニティに参加するメンバはすべて同格であることが必要です。コミュニティの進行役は茶の湯のにじり口効果(亭主も客同士もここを通れば身分、階級の差がない対等な関係)を狙った運営を図り、各メンバが何にもとらわれない発想を促します。

「ITプロジェクトに於ける知識継承」で述べた知識継承は役割を決めて行われるのでミッション・タイプと呼びます。それに対して、異能の人材が集まって、目的達成のために知識を出し合う知識継承をコミュニティ・タイプと呼ぶことにします。

ソフトウェア開発はミッション・タイプの知識継承とコミュニティ・タイプの知識継承とを組み合わせて実行することが肝要です。■

ITプロジェクトにおける知識継承

ソフトウェア開発に多くの人が関係する場合、知識継承コストの増大という問題が発生します。組織の「知識継承性」と「ソフト開発要員数」には次式の関係があります。

<知識継承性> = line1

<ソフト開発要員数>

この式は感覚的な式です。ソフトウェア開発要員が1人であれば、<知識継承性>は1となりますから、<知識継承性>=1は知識継承性が最大である ことを意味します。ソフト開発要員数が50人になると、知識継承性は50分の1になるという計算です。この計算の数値には特に意味がありません。しかし、 要員の増加は知識継承性を落とすということは分かります。

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プロジェクト管理における暗黙知と形式知(その3)

本稿では、「ITプロジェクトにおける組織的知識創造の仕組み」を実際にどのように適用するかについて説明したいと思います。ITプロジェクトで採用する方法論が、組織メンバ(上から下まで)全員に染渡っていることが大切です。NHKの番組「その時歴史は動いた」で「日露戦争100年 日本海海戦 ~参謀 秋山真之・知られざる苦闘~」をご覧になられた方は多いかと思いますが、秋山参謀が司令長官東郷の命を受け、ロシアバルチック艦隊と如何に戦ったか、その戦略と実戦がドラマチックに紹介されています。この戦いでは秋山参謀が立案した丁字戦法が効を奏したのですが、司令官、参謀、現場指揮官、戦闘員に到るまで、丁字戦法を理解し、訓練を繰り返し、戦法を頭に叩き込んでいたことが臨機応変に事態の変化に対応でき、組織力を発揮できたと言われています。ITプロジェクト管理と日本海海戦は一見関係ないように見えますが、ITプロジェクト管理は日本艦隊の丁字戦法とその組織的取り組みに学ぶ点が非常に多いと思います。キナ臭いと切り捨てるのは簡単ですが、役立つ考え方は貪欲に学び、取り込むべきではないでしょうか。

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プロジェクト管理における暗黙知と形式知(その2)

知識は暗黙知と形式知の組合せで成立つものです。ITプロジェクトにおける組織的知識創造の仕組みを考えるとき、両者を一体のものとして捉える必要があります。このことは、知識の蓄積場所を見ると、より明らかになります。

知識の種類 蓄積場所
暗黙知 人の頭脳
形式知 紙、電子媒体など

図1 知識の蓄積構造

図1に見るように、知識は形式知と暗黙知が一体となったものです。知識は、紙や電子媒体に蓄積された形式知と、それを読んだ個人の頭の中にある暗黙知とが一体となって構成されます。「知識創造企業」には、形式知は知識の氷山の一角であると書かれています。知識の量から言えば、暗黙知の方が形式知よりもはるかに多いのです。知識を形式知として紙に書き出しても、知識のほんの一部しか書き表せません。知識の殆どが暗黙知のまま残されています。

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プロジェクト管理における暗黙知と形式知(その1)

名著「知識創造企業」(野中郁次郎+竹内弘高、東洋経済新報社、原書:The Knowledge-Creating Company)の序文に次のような主張が述べられています。

 この本で我々は、人間の知識を二種類に分けている。一つは「形式知(explicit knowledge)」と呼ばれ、文法にのっとった文章、数学的表現、技術仕様、マニュアル等に見られる形式言語によって表すことができる知識である。この種の知識は、形式化が可能で容易に伝達できる。またそれは、西洋哲学の伝統において主要な知識のあり方であった。しかしあとで論じるように、より重要なのは、形式言語で言い表すことが難しい「暗黙知(tacit knowledge)」と呼ばれる知識なのである。それは人間一人ひとりの体験に根ざす個人的な知識であり、信念、ものの見方、価値システムと言った無形の要素を含んでいる。暗黙知は、人間の集団行動にとって極めて大事な要素であるにもかかわらず、これまで無視されてきた。それはまた、日本企業の競争力の重要な源泉でもあったのである。これが、日本的経営が西洋人にとってな謎であった大きな理由であろう。

 西洋哲学の主流においては、知識を所有する主要な主体は個人である。しかし我々は、個人と組織は知識を通して相互に作用し合うと見る。知識創造は、個人、グループ、組織の三つのレベルで起こる。したがって、我々の組織的知識創造の議論は、知識の相互作用の様式と知識創造のレベルの二つの大きな部分から成っている。暗黙知と形式知、個人と組織の二種類の相互作用は、(1)暗黙知から形式知へ、(2)形式知から形式知恵へ、(3)形式知から暗黙知へ、(4)暗黙知から暗黙知へ、という知識変換の四つの大きなプロセスを生み出すのである。

著者の洞察の深さには驚かされます。本書は組織の知識構造を解明しています。そして、「(1)暗黙知の共有、(2)コンセプトの創造、(3)コンセプトの共有化、(4)原型(アーキタイプ)の構築、(5)知識の転移」からなる「組織的知識創造のファイブ・フェーズ・モデル」を提示しています。その上で、企業の組織論を展開しています。本書は、ITプロジェクト管理については触れていませんが、本質は同じと考えます。

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