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なぜソフトウェア企業は東京圏に集まるのか
 
 前稿:ソフトウェア事業と共同体で述べたように、東京圏の人口の全国比が27%であるのに対し、ソフトウェア業従事者に関しては東京圏は61%です。なぜ、このようにソフトウェア業従事者が東京圏に集中しているのでしょうか。先ず、日本の産業の変化を私の個人的な体験から述べたいと思います。1967年、私は社会人としてある通信機メーカーに入社しました。当時、この会社には東京圏に4つの事業所がありました。そこでは多くの技能技術者が働いていました。設計とものづくりが一体となった工場で、部品の多くは社内もしくは国内他社から調達していましたが、1980年代の半ばには、事業の発展とともに工場は人材を求めて地方に移り、東京圏の事業所は設計・研究開発拠点に変化して行きました。ソフトウェア開発についても地域の人材を求めて日本各地にソフトウェア開発事業所が作られました。1990年代になると、経済のグローバル化の進展や冷戦終結に伴って、海外の低賃金の労働者が市場経済に参入し、部品は海外調達が多くなり、国内工場の一部は海外に移転しました。東京圏には、若干の製造業もありますが、企画・技術・事務・営業部門などに集中し、現在に到っています。また、金融業や各企業の本社機能が利便性を求めて東京圏に集まってきました。そしてグローバル化と共に地域では工場が減り、地域の労働者は東京圏に行くか、東京の仕事を地域で行う比率が高まりました。

 このような私の体験的知見を裏打ちするデータがあります。

 ソフトウェア事業と共同体に示した「表3 ソフトウェア業の首都圏傾斜」を基にして、地域代表として新潟県の情報を加えたのが表1です。新潟県の情報もソフトウェア事業と共同体の表3と同じく、経済産業省と総務省のデータを使用しています。
 県GDPでみると首都圏は国内GDP約500兆円の30%ですが、ソフト産業に関しては売上比が全国の73%で、ソフト産業は他産業よりも首都圏に集中しています。これに対して地域の例として上げた新潟県の県GDPは国内GDPの2%、ソフト産業に関しては売上比で全国の0.44%です。県内GDP内ソフト売上比については、東京圏は4.6%で新潟県は0.46%です。ソフト産業に関する限り、新潟県の事業規模が如何に小さいかが分かります。

表1 東京圏と新潟県の比較
  東京圏(東京、神奈川、千葉、埼玉) 新潟県
県内GDP(総生産) 約164兆円 約10兆円
国内GDP比 約30% 約2%
人口 約3400万人 約250万人
1人当たりGDP 約500万円 約400万円
ソフト業売上 7.5兆円 463億円
国内ソフト業売上比 73% 0.44%
県内GDP内ソフト売上比 4.6% 0.46%

 なぜ、ソフトウェア企業が東京圏に集まるのかを具体的に知るために、2つのデータが参考となります。1つは、国立国会図書館 国土交通調査室主幹の山口広文氏の論文“「東京再集中」と国土形成計画”(2008.12)に掲載されたデータの一部を編集引用した表2です。

表2 産業構造
  全国 東京圏
従業人口
(対全国比)
6151万人 1679万人
(27.3%)
構成 第1次産業 4.8% 1.5%
第2次産業 26.1% 22.2%
第3次産業 67.2% 73.3%

 表2によると、日本は第3次産業の比率が高く、特に東京圏で顕著であることが分かります。ソフト産業は第3次産業に特に依存しているのではないかということが推測できます。2つ目のデータは、本当にソフト産業が第3次産業の依存度が高いかどうかを知るために、経済産業省の「平成19年 情報処理実態調査 集計表目次一覧 [平成18年度実績]」のデータをもとに編集した表3です。

表3 業種別IT投資比率
業種別 集計企業数  情報処理関係支出  
    回答企業数 情報処理関係支出
(百万円)
比率
合計 4,264 3,431 2,670,153 100%
製造業 1,222 1,011 710,048 26.6%
農林漁業・同協同組合、鉱業 40 32 3,109 0.1%
建設業 347 280 43,091 1.6%
電気・ガス・熱供給・水道業 68 60 175,678 6.6%
映像・音声情報制作・放送・通信業 45 33 95,958 3.6%
新聞・出版業 31 21 4,459 0.2%
情報サービス業 208 174 301,537 11.3%
運輸業 387 294 139,570 5.2%
卸売業 439 352 191,298 7.2%
小売業 420 327 91,338 3.4%
金融・保険業 268 230 774,345 29.0%
医療業(国・公立除く) 294 207 16,842 0.6%
教育(国・公立を除く)、学習支援業 233 197 66,588 2.5%
その他の非製造業 262 213 56,292 2.1%

 表3によると、IT投資比率が高いのは金融業の29.0%、製造業の26.6%、情報サービス業の11.3%、その他サービス業(メディア、運輸、卸売、小売、医療)の20.2%となっています。金融業+情報サービス業+その他サービス業のIT投資比率は60.5%になり、これらはいわゆる第3次産業であり、中でも金融業や情報サービス業は東京圏に集中しています。それに加えて山口氏が論文で指摘しているように、資本金50億円以上の大企業の60%強が東京圏に本社を置いていることが、ソフト産業が東京圏に集まる理由と考えられます。

 しかしながら、いくつかの疑問が残ります。地域においても第3次産業の比率は高く(表2)、また製造業は必ずしも東京圏に集中していず、製造業のIT投資比率は高い(表3)のになぜソフトウェア企業が東京圏に集中しているか。企業にとってIT投資は本社部門が中心になって行われること、東京圏に本社を置く大企業が多いことから、大企業のIT投資が地域に反映されていないのではないか。また、地域には中小企業が多く、IT投資が遅れていることが理由ではないかと考えられます。中小企業のIT化はソフト産業の潜在需要として残されていると思います。