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クラウドコンピューティング

 クラウドコンピューティングはGoogleの経営トップが使い始めたことばだと聞いています。クラウドとは雲の意味(インターネットのネットワークを図示すると雲のように見えるのだそうです。私は楕円形を使いますが)で、インターネットの先にあるコンピュータ資源を誰もが自由に使えるようになり、自前のコンピュータ(サーバ)やアプリケーションは不要になると言われています。「クラウド」にはリソースの所在が利用者に見えないという意味もあるそうです。これは少し不安になります。
 概ねこのような解説がついて、将来、クラウドコンピューティングが支配的になるというようなインフォマーシャル記事(情報を提供するタイプのコマーシャル記事)が新聞や雑誌などで紹介されるようになりました。
 昔から新聞や雑誌のIT関係のインフォマーシャル記事や広告にはそのまま信用していいのか疑わしいものが多いのですが、「クラウドコンピューティング」はマーケティング用語と見ておかなければならないでしょう。内容が明らかなことについて、それをシンボリックに示す用語が使われているならば何の問題もないのですが、「クラウドコンピューティング」は内容がはっきりしていないのです。ぼやけたコンセプトを示しておけば、色々な企業が勝手に解釈して、内容を入れ込んでくれる効果はあるかもしれません。しかし、ことばの独り歩きは好ましくないので、少々おせっかいな記事を書くことにしました。

(1)名前が暗い
 日本人にとって、雲というと必ずしも良い印象ばかりではありません。曇っていては気分がうっとうしくなります。湿気が多く、梅雨どきの気分を想起させます。むしろ、(晴れの)ファインコンピューティングというのはどうでしょう。ネットワークの意味はありませんが。

(2)水道の蛇口のたとえ
 「クラウドコンピューティングとは水道の蛇口をひねると水が出てくるように」というたとえが使われます。これもしっくりしません。水道の蛇口からは普通は水しか出ません。クラウドコンピューティングの蛇口からはいろいろな情報サービスが出てくるようです。水道は一方通行ですが、クラウドコンピューティングは双方向です。

(3)何に使えるか
 これが一番の問題です。これについては以下で少し掘り下げて見ますが、雲の向こうのサービスとはワードプロセッサーやスプレッドシートなどに代表される日用品的なサービスだろうと思います。多くの人が手軽に利用できてお金がかからない、Googleなどの広告ビジネスを支える情報サービスです。既に提供されているサービスとしてはmail、HP、Blog、SNS、写真帳、ファイル保管庫などの様々なサービスがあります。

 クラウドコンピューティングの仕組みは、自前のコンピュータ(サーバ)やアプリケーションを持たなくても情報サービスだけが受けられるというものです。ITに要求されるのは「効用」であり、ハードウェアやソフトウェア、ネットワークは「効用」を生み出す手段です。多くの利用者はネットワークと手軽な端末を用意するだけで、必要な「効用」が得られることを望んでいます。クラウドコンピューティングにはさらに複数のサーバが連携して今迄にないサービスの提供も含まれているらしいのですが、良く分かりません。

 ITの「効用」を追求する発想はインターネットが普及し始めたころからあり、例えば、Server Housing、Server Hosting、ASP(Application Service Provider)、SaaS(Software as a Service)などはどれも大なり小なりITの「手段」を隠して「効用」に近づいています。これらのサービスに共通する効果は、利用者がコンピュータ(サーバ)の運用について管理する必要がなくなったということです。これだけでも利用者にとって大きなメリットです。これらのサービス形態をまとめると表1のとおりです。

表1 サービス形態

サービス形態 内   容
Server Housing 利用者は自前のサーバをデータセンターに預けて運用してもらい、ネットワークを介してサーバを利用する形態です。データセンター側は通信、運用、保全、セキュリティなどのサービスを提供します。利用者は運用者を置かなくて済み、人件費の削減ができます。
Server Hosting 利用者は自前のサーバを持ちません。データセンターが用意したサーバを借用します。HWをそっくり借りる場合と、仮想OSと称して1台のHWで稼働する複数OSの1つを借りる場合があります。
ASP 利用者は目的のアプリケーションサービスを借用します。当然ですが、サーバやOSを意識する必要はありません。
SaaS サービスはASPと同じです。ASPは事業者を意味しますので、サービスの名称としてはSaaSの方が相応しいでしょう。

 表1に「クラウドコンピューティング」は載せませんでした。サービス内容がはっきりしないこと、Google固有のマーケティング用語であることから、この分類に該当しないためです。サービス形態としてはSaaSが該当するのだろうと思います。

 利用者にとって意味があるのは表1の内、Server Housing、Server Hosting、SaaSの3つです。SaaSが最も理想的に見えるのですが、アプリケーションの種類と利用者の規模などから、どのサービス形態が向いているのか表2にまとめてみました。

表2 利用者とサービスの適性

項番 分類 サービスの内容 実現性
1 H,L HW設備。アプリケーションは自前。 既存サービス
2 Sa,Ls 主要な汎用アプリケーション(検索、WP、表計算、DB) 今後増加
3 Sa,Ls 主要な業務アプリケーション(人事・給与、経理、顧客管理) カスタマイズが課題
4 Sa,Ls 主要な業種アプリケーション(販売管理、生産管理) カスタマイズが課題
5 Sa,Ls mail、HP、Blog、SNS、写真帳、ファイル保管庫 既存サービス
6 Sa,Ls グループウェア 既存サービス
7 nS,Ls CAD、統計解析、DWH、構造解析、・・・ HW負荷大
8 Sa,Ls ネット販売 既存サービス
9 Sa,Ls 医療・介護(保険審査、電子カルテ、遠隔診療、検査結果) 今後増加
10 Sa,Ls 官公業務(役所事務処理、年金、健康・介護保険) 今後増加
11 Sa,Ls 学校(掲示板、論文、連絡、・・・) 今後増加
12 nS,L 金融機関(銀行、証券取引、損害生命保険) 規模大、一品もの
13 Sa,N,Ls 従来にない特定領域サービス 将来サービス

分類の記号

分類の記号   意   味
H Server Housing あるいは Server Hosting
L 大企業向け
Ls 大企業+中小企業+個人向け
N 新規
Sa SaaS向き
nS SaaS向きでない

 ITの「効用」だけを追求し、「手段」を外部に委託する傾向は業務によって異なることが表2から分かります。「効用」を求めたサービスは他にも多数出現するでしょうが、サービスビジネス成立の可能性、セキュリティや性能維持の観点から、自前のHWが必要なくなるということはないでしょう。

 最後になりましたが、表2には雲の向こうの特定できない誰かが提供するサービスは1つもありません。いったい、「クラウドコンピューティング」って何なんでしょうか。