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プロジェクト管理における暗黙知と形式知(その3)
 

 本稿では、「ITプロジェクトにおける組織的知識創造の仕組み」を実際にどのように適用するかについて説明したいと思います。ITプロジェクトで採用する方法論が、組織メンバ(上から下まで)全員に染渡っていることが大切です。NHKの番組「その時歴史は動いた」で「日露戦争100年 日本海海戦 ~参謀 秋山真之・知られざる苦闘~」をご覧になられた方は多いかと思いますが、秋山参謀が司令長官東郷の命を受け、ロシアバルチック艦隊と如何に戦ったか、その戦略と実戦がドラマチックに紹介されています。この戦いでは秋山参謀が立案した丁字戦法が効を奏したのですが、司令官、参謀、現場指揮官、戦闘員に到るまで、丁字戦法を理解し、訓練を繰り返し、戦法を頭に叩き込んでいたことが臨機応変に事態の変化に対応でき、組織力を発揮できたと言われています。ITプロジェクト管理と日本海海戦は一見関係ないように見えますが、ITプロジェクト管理は日本艦隊の丁字戦法とその組織的取り組みに学ぶ点が非常に多いと思います。キナ臭いと切り捨てるのは簡単ですが、役立つ考え方は貪欲に学び、取り込むべきではないでしょうか。

 日本海海戦の勝利は、日本艦隊(組織)が丁字戦法(方法論)の強み・弱みを知り尽くし、実戦で活かせるまで、練り上げた点にあります。丁字戦法は紙上の方法論、つまり形式知ですが、これを実際に実行する現場指揮官と戦闘員が骨の髄まで自分のもの(暗黙知)にしていなければ、日本海海戦で勝利することはできなかったはずです。

 ITプロジェクトにおける方法論を一部の管理者だけが理解し、実践しようとしても、なかなか実を結ばないのは、ITプロジェクトに係わるすべてのメンバがその方法論を理解し、訓練を受け、実践的に理解していないからです。

 形式知(方法論)は暗黙知(体験、訓練、OJTなどを経て掴んだ個人の内面的知)と一体となって初めて使える知識となります。

 ITプロジェクトが属している組織の能力強化を図るには、その組織に合った作業標準(組織にはプロジェクトがいくつも存在することがあるのでその組織に汎用的な方法論)を立案し、データベースとして保存し、組織の誰もが利用できる状態にしておきます(図2参照)。この作業標準は言わばその組織の文化を明文化したようなものです。新しく参加する組織のメンバには、この作業標準を演習や合宿などを通して訓練する必要があります。単なる講習では身につかない暗黙知を獲得するためです。

 組織の各ITプロジェクトの遂行のためには、組織が定め、組織メンバの常識となっている汎用の方法論を基にして、そのITプロジェクトに適した実施ベースの方法論(作業標準)を立案します。これについても、プロジェクトの全メンバが利用可能となるまで訓練を受ける必要があります。

 実際にITプロジェクトを開始すると、いろいろな問題が発生します。ものごとはプロジェクト当初に計画した通りに運ばないのが普通です。そのため、プロジェクトの活動として、本来の開発作業を推進するメンバ以外に、プロジェクト状況をウォッチし、その時点で最も望ましいやり方を見出し、プロジェクトメンバに浸透させる役割をもつ管理者もしくは推進グループが必要となります。

 ITプロジェクトの開発を通して明らかになった反省点や改善点は文書化し、汎用的な方法論としてフィードバックします。また、ITプロジェクトの報告会を開催するなど、組織の他のメンバと情報や体験を共有し合って、組織の能力強化に役立てます。

図2 組織のスパイラルな改善

 上記では、「ITプロジェクトにおける組織的知識創造の仕組み」の実現方法について述べましたが、これを実際に行うには経営者あるいは上位管理者の強い意思と覚悟、現場管理者、担当者、外部ソフトハウスなどのプロジェクト関係者全員が同じ意識の下に価値観を共有して望むことが大切です。

 組織のメンバに、ただ単に仕組みや方法論を教育し、訓練をしただけでは、ものごとは旨く運びません。メンバを引っ張るリーダシップを発揮する管理者の存在が欠かせません。管理者の強いリーダシップ下で組織は旨く運ぶのです。