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ITプロジェクトにおける異能の価値
 
 私は経済学についてまったく知らないのですが、「市場・知識・自由 -自由主義の経済思想-」(F.A.ハイエク 田中真晴/田中秀夫編訳、ミネルヴァ書房)というハイエクの論文を収録した書籍の第二章に「社会における知識の利用」(American Economic Review,XXXV,No.4,September 1945,pp.519-30から転載。)という論文(訳)があり、興味を感じて読んでみると、その第1節に「合理的な経済秩序の問題に特有な性格は、われわれが利用しなければならない諸事情の知識が、集中された、あるいは統合された形態において決して存在せず、ただ、すべての別々の個人が所有する不完全でしばしば互いに矛盾する知識の、分散された諸断片としてだけ存在するという事実によって、まさしく決定されているのである。したがって社会の経済問題は、『与えられた』資源をいかに配分するかという問題だけではない―『与えられた』ということが、それらの『データ』によってセットされた問題を、熟慮して解くひとりの人間の知性に対して与えられていることを意味するのであるならば、その問題だけではないのだ。社会の経済問題はそれよりもむしろ、社会のどの成員に対しても、それぞれの個人だけがその相対的重要性を知っている諸目的のために、かれらに知られている資源の最良の利用をいかにして確保すべきかという問題である。すなわち簡単に言うならば、どの人にもその全体性においては与えられない知識を、どのように利用するかの問題である。」と書かれています。ハイエクが述べている知識はどちらかといえば暗黙知に重きをおいています。ITプロジェクト管理の難しさは正にこの一節で述べていることによって理解することができます。ITプロジェクトでは何を(機能)という知識とどのように(実現方法)という知識が必要となります。機能の知識は利用者の接点となる大機能から大機能を実現するための、中あるいは小機能(モジュールレベル)へと階層的に詳細化されます。中あるいは小機能は実現方法の中間で定義される機能です。最終的な機能はプログラミング言語レベルの機能であり、この段階で階層的な詳細化は終結します。これらの機能をどのように結びつけるかの知識が実現方法です。ここに登場する機能と実現方法に関する知識は、大規模なソフトウェアシステムのプロジェクト管理になると、ハイエクが述べている「全体性においては与えられない知識を、どのように利用するかの問題」と同様の問題に遭遇することになります。ITプロジェクトにおいて1人の人がすべての知識を完全にもっていない以上、ITプロジェクトのそれぞれの段階で必要な知識を重なりあってもつ人々に集まってもらい、彼らの能力(異能)を、一つの目的のために十分に発揮してもらうにはどうすれば良いのかという問題になります。ハイエクは経済におけるこの問題の解決に市場(価値交換システム)が役立つと述べています。価値情報を交換するシステムの存在が、関係者が分散的にもっている知識を引き合わせ、調整能力を発揮し、1人の人が達成したかのように振舞うのです。論文では「・・・それは市場の成員達の誰かが全分野を見渡すからではなくて、市場の成員達の局限された個々の視野が、数多くの媒介を通して、関係ある情報がすべての人に伝達されるのに十分なだけ重なり合っているからである。・・・」と述べ、全情報を所有するただ一人の人が解決したように見えるのだとしています。私は、この価値交換システムこそが、ITプロジェクトにおいて中核的な役割を果たすと考えています。ソフトウェアシステムの開発者の多く、特に、経営者や管理者は、このシステムの価値を無視してきたのではないかと思うのです。ITプロジェクト管理は、これまでも、現在も、中央集権的な形式で問題を解決しようとする傾向が強いと思いますが、そうしたやり方では本来もっている個人の個別の能力(異能)を十分に発揮させることはできないと思います。

 ITプロジェクト管理における価値交換システムはどのようなものなのか。十分な検討をしていませんが、私は前稿:ITプロジェクト戦略の中で説明したプロジェクト推進チームにこの役割を担わせるのが良いのではないかと考えています。